貧乏暇なしで、ご無沙汰を致しまして恐縮です。
当方、相変わりませず健勝にへそまがっております次第です。
先日ですが、「君が代」についてのお話から「俺は 君が代は 嫌いだ」とのお話もありましたのでもう少し「君が代」についてのへそまがり的な考察をしてみました。
「俺は『君が代』は嫌いだ、何故なら天皇崇拝の歌だからだ」との思し召しがありまして、
「結婚式の歌みたいですよ」との説明をしたら「???…」。
「君が代の 君は 天皇だ」「千代に八千代にで天皇繁栄の崇拝だ」とのお話を賜りました。
「さざれ石が現存して、明治記念館にあって、結婚の繁栄を祝している歌みたいですよ…」などとのやりとりになりました。
そんなことから「君が代」5W1Hとなりましたのでもう少し「君が代」についてのご報告の次第です。
へそまがりワールドの「君が代」をご参考下さい。
そんなことからまずは、「軍艦マーチ」です。
私が幼少であった頃に「軍艦マーチ」とは、運動会でもあったかなかったか程度で、基本的にはパチンコ屋さんの曲だと思っていました。
海軍の曲などと知ったのは学生時代であったろうと思います。
生活の馴染みからすると全くもってパチンコ屋さんの曲です。
同様なことで申しあげますと、
わたくしの時代の卒業式の定番の「蛍の光」「仰げば尊し」の原曲は、スコットランド民謡だと言われています。
「ビルマの竪琴」を読めば日本兵は、自分達の馴染みのレパートリーとして曲を奏でますが、英国兵にとっては自分達の故郷の歌です。
さながら実話の映画化である「戦場のアリア」 のようです。
水島上等兵は、音楽学校の出身であったはずですから、英国兵の故郷の歌であったことも知っていたはずかもしれません。
「蛍の光」「仰げば尊し」が卒業式の歌であるなどの認識はここには存在していないと思います。
これが返って、山口瞳著「けっぱり先生」などを読んでゆくと感銘を受ける学校での式辞の歌となっています。
そんことからの考察を致しますと、「歌は生きている」ようであります。
さて「君が代」です。
その生い立ちは、
・歌詞は《古今和歌集》に由来するが、その初句は〈我が君は〉であり、〈君が代は〉となったのは、《和漢朗詠集》の一写本に始まるといわれる。近世に入り、地歌、長唄などにもとり入れられ、祝賀の歌詞として用いられた。
・岐阜県春日村には、「君が代」にまつわる伝説があります。
平安時代の初め、文徳天皇の第一皇子に、惟喬親王(これたかしんのう)がおられました。天皇は親王を皇太子に推すつもりでした。
しかし、事情により親王は、年下の第四皇子(後の清和天皇)に皇子の座を先んじられることとなりました。
悲運の親王は一時、近江の小椋郷に隠れ住みました。
やがて親王はその地で、お椀や鉢などを作る木地師(きじし)の祖神とされるようになったのです。
ある時、親王に仕えていた木地師の一人が、小椋郷の君ヶ畑から、良材を求めて、春日の地へやってきました。
そして、君ヶ畑に向かう途中、川辺でめずらしい石を目にしたのです。
それは「さざれ石」の巨岩でした。
男は心を打たれ、見たまま感じたままの歌を詠みました。
わが君は 千代に八千代に さざれ石の
巌となりて 苔のむすまで
この歌は都で評判を呼び、ついには『古今集』に採録されることとなりました。
男は身分が低かったため、「よみ人知らず」の歌とされたのです。
その後、男は朝廷から歌のうまさを認められ、石にちなんで「藤原朝臣石位左衛門(ふじわらあそんいしいざえもん」という名前を賜りました。
この歌が民衆に歌い継がれる間に、「君が代は」と歌われるようになっていったのです。
「君が代」には、小石が巌となり、その上に苔がむすという、偉大な自然の働きへの感動が盛られているようです。
そして、自然の法則にそって生きる時にこそ、永遠の平和と繁栄があるという願いも込められているとも言えます。
・岐阜県揖斐郡春日村に、その「ざされ石」があります。
「ざされ石」は学名「石灰質角れき岩」と言い、石灰石が長い年月の間に雨水で溶解し、その粘着力の強い乳状液が、次第に小石を凝結させ、だんだん巨岩となり、河川の浸食により地表に露出、苔むしたものです。
「ざされ石」は、岐阜県の天然記念物に指定されており、皇居・伊勢神宮・明治神宮などに奉納されています。
・長寿を祝う歌
長寿と所帯の安息を祝い祈願する歌として用いられた。
江戸時代の薩摩琵琶歌にもある。
・さざれ石→細石
岐阜県の地学 「もみじ谷」県指定天然記念物
http://www.crdc.gifu-u.ac.jp/zukan/tigaku/302050.html
「じゃらん」みんなで作るおでかけガイド
さざれ石公園の旅行 さざれ石 県天然記念物
http://odekake.jalan.net/spt_21405ah3330042490.html
http://homepage1.nifty.com/fuufuyuuyuu/sub28/080518.htm
・「君」 とは、
主君、帝、あなた、遊女 と国語辞典には記載があります。
・江戸期の研究がご専門の田中優子先生曰く
「君が代」などを日本の伝統の象徴のように言う人たちがいるけれど、「君が代」の歌詞は単なる宴席の和歌で後には隆達小歌です。
「君」はその時々の祝う相手で、誰でもいいのです。
それを、天皇を指しているから伝統だ、などというのは日本文学を知らないから言えるのです。
・展示資料としては、 歴史展示室 黒田記念室
「福岡藩主の武具・絵画・書跡・調度」 平成17年3月23日(水)〜5月22日(日)の目録にあります。
http://museum.city.fukuoka.jp/je/html/251-260/257/257_03.htm
展示資料一覧 (資料名/作者等/時代/員数)
No.11 和歌「君が代」 黒田綱政 江戸時代中期 1枚
こんな感じでいろいとありました。
江戸中期の薩摩藩は、「勤皇」だったんでしょうか、
平民としての尊王の詩をお祝いで奏でたんでしょうか、
これらからすると、「君が代」も詠まれた当時は、君帝としていますが、歌い継がれたさまは、「近世に入り、地歌、長唄などにもとり入れられ、祝賀の歌詞として」とあった おめでたいお歌であるのが落とし処であるように思います。
先の「軍艦マーチ」や「蛍の光」「仰げば尊し」の根っこからすると「こころに染み入る歌」は平安時代から江戸時代の長きにひとのこころに生きていると思われます。
1200年も歌われている日本の最大のヒット曲・流行歌と言ってもよいかもしれません。
と感じてしまうへそまがりな癖のせいであるとご承知置き下さい。
尺度がここまでくると かなり かなりのへそまがりです。
ブログ閲覧の皆様におかれましてはへそまがりが社会を逆立ちして観ている人生観でありますことを重ねてご承知置きをお願い申しあげます。
本日もご来訪をありがとうあります。
追伸です。
・「戦場のアリア」 2005年
出演 ダイアン・クルーガー ギョーム・カネ ダニー・ブーン ダニエル・ブリュール
第一次大戦下のクリスマスの日に実際に起こった出来事を基にした感動の戦争ドラマ。
フランス・スコットランド連合軍とドイツ軍が対峙する最前線で、一つの歌声がきっかけで期せずして一夜限りの休戦が実現、敵対する兵士どうしが束の間の温かな交流をもつさまを描く。
フランス北部デルソー、わずか数十メートルを隔ててドイツ軍とフランス・スコットランド連合軍が激しい戦闘を展開していた。
クリスマスの日、ドイツ軍の塹壕にはたくさんのクリスマス・ツリーが飾られた。ドイツの花形テノール歌手ニコラウスは、ツリーを手に聖歌を歌いながらノーマンズ・ランドへ歩み出るのだった…。
・隆達小歌は、堺の薬種商の高三(たかさぶ)隆達(1527〜1611) が唄い流行した歌謡。
本書は、国立国会図書館蔵「詠曲秘伝抄」所収の二百首と同じもの。但、宝山寺本は47番歌の上句と48番歌の下句を続けて一首と誤り、193番歌を脱しているので、実際には百九十八首のみ。(参考『日本庶民文化史料集成』5歌謡)
ご参考に願います。
2008年06月16日
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